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再び外に出て、待機していたが、空がみるみる暗くなり雨が降り始めた。
電車は動かず道路も混雑。 情報はテレビとtwitterのみで携帯電話やメールは通じない。 でも、twitterのおかげで、色々な情報が入って、本当に助かった。 例えば、twitterに有楽町にいる、と言ったら東京にいた友達が有楽町まで歩いてきてくれたこと。 2人でしばらく交通会館というところで待機した。 あと、携帯の電池がなくなりそうで、暗い気持ちになっていたら、ビックカメラが開いてるという情報がtwitterで入って来て嬉しかった。 夜は結局友達の友達の家に泊めてもらった。余震もひどくて、緊張してたけど4時間くらい眠った。 12日の朝7時にJR開通ということで、8時過ぎには東京駅に向かった。 何も壊れてなくていつもと変わらない風景だけど空気がとても澄んでてこわかった。 駅は予想していたほど混んではいなかった。 唯一大船へ向かえる東海道線ホームにて待機してると、電車は普段の満員電車の1.35倍くらいの混み具合であるという事が分かった。それに一時間耐えたり、また地震が乗車中に起こる可能性があるのが怖かったので、電車を1時間待って座れるようにしようと思った。 待っている人たちはだんだんピリピリしはじめ、文句を言ったり、駅員を批判したり嫌な感じだった。日本人はこんな時でも列をつくっているのが美談になっているが、例えば 子どもがいる人、老人等を前に並ばせてあげようなどというアナウンスは駅からも流れなかった。 (東京始発なので前に並べば絶対すわれる) 列をつくってるのは本当にただのクセだと思う。いいクセだけど。美意識とかではない。 私は子どもを2人見つけたので前に呼ぼうかと思ったが、ピリピリしている人を刺激するのが怖かったのでできなかった。罪悪感を覚えた。 そして、電車が来るとみんな座りたいので電車ににじりより、ドアが開いた瞬間人々は走って席を取った。正直醜いなあと思ったけど自分も座りたくて前に並んでいたので批判はできない。 私の見かけた子どもは座席の前に立っていて後ろからのプレッシャーでぐいぐいおされてかわいそうだったが、女の人が抱き上げてひざの上に載せているのをみたので安心した。 私もなにかできるかな?と思い周囲を見渡したら、荷物が人の間に挟まれ、腕をひっぱられて苦しそうな人が結構いた。だから、荷物をぐいぐい引っ張って、膝の上に乗せたり、他の人に渡して棚に乗せてもらったりした。 目の前の女の人は二個かばんを持っていたあげく、隣の人がスーツケースを床においていたためうまく立てずに手すりに体が圧迫されていたので、全部どけた。 顔がまっさおで汗もかいていて「だいじょうぶですか?」と声をかけたらその人は、 「実は宮城から出張で来ていて、こんな電車は初めてだからどうしたらいいか分からなかった」と 言った。 * 今回の件で被災地の人とは比べ物にならないくらい軽い体験しかしていないけど、 自分も体験したことで「ひと事」ではなくなった事、また、緊急時に、たくさんの友達がtwitterを通して心配してくれたり情報をくれた事、など学びが多かった。 マスコミのアカウントもフォローしていたが夜通し情報を流してくれていた。 夕飯を買うために寄ったカレーやでもインド人のお兄ちゃん達がめっちゃ気合い入れてナンとチキンを焼いていた! それぞれがそれぞれの役割をちゃんと果たすことで人を勇気づけられるんだなあと実感した体験だった!! この気持ちを忘れたくないと思う!
なぜいつも東京には災害が起こらないのだろうかと不思議に思ってた。
* 11日はFemme@Tokyo という、朝日新聞とフランス大使館が主催するイベントに行くため、 有楽町にいた。 前日は友達とオールで飲んでいたので、朝から就職活動のwebテストを片付け、 夕方帰ったらまたwebテ受けなきゃなー。とか考えつつ、電車に乗って有楽町まで行った。 お母さんに、「このバッグをくたくたにしたいの。だから使って」と言われたので、緑のBALLYのバッグを持って行った。 そのイベントにはsputniko!という最近「生理マシーンタカシの場合」などの作品で話題のアーティストとか、蜷川実花とか、草間彌生も出演する+無料だったので、とても楽しみにしていたのである。 有楽町マリオンの最上階が会場だった。 そして、sputnikoが彼女の作品をプレゼンしているとき、異変が起こった。 地面が揺れ始めて、最初は私も「あ、地震だ〜」くらいに考えていた。 でもしばらく経っても揺れは収まらず、会場がざわつき始めた。 しかし、スタッフが「落ち着いてください!揺れはやみますので動かないでください!」と言ったので、私も「逃げちゃいけないんだ??」と思って10秒から20秒くらい待った。 が一向に揺れはやまずやむどころかますますひどくなり、上を見上げると大きな照明が頭上でちぎれそうなほど揺れている。 さっきは動くなと言ったスタッフが「ドアから逃げてください!」と言い始めたので、会場は混乱した。女の人たちがキャー!と叫び始めた。 私は、「ああ、これか...」と思った。「ついに来たか」。 「逃げなきゃ。」と思ったけど、揺れすぎてうまく立てなかった。カバンはなくしたら大変だと思ってかばんを掴み、かがみながら移動した。照明が頭に落ちたらヤバいと思ったけど、手で体を支えないと移動出来ないので「どうしたらいんだ!」と思い泣きそうになった。 やっと外に出ても、「まだ待機してください!」と言われ、ここが最上階だという事を思い、 ものすごく怖くなった。 「もう死ぬかも」と思った。覚悟と恐怖の間で感情が揺れた。 ビルにつぶされて死んだ私の体を見たら、大先生が悲しむと思うと「ここでは死ねない」とも思った。 そして、今まで阪神大震災とか、NZの地震とか、ひどい地震をテレビでいっぱい見た事あるけど、 「本当の恐怖」なんて全然全然知らなかったことに気づいた。 「自分の命」なんてすごくもろいものなんだ! 体がつぶされたらなくなってくもの。 普段、自分の生活は自分でつくってるように思うけど、「天災」の前では「私」ではなく 「人類の中の小さな1人。」パーソナリティなんてない。「特別」なんてない。 普段、立ってる地面のもろさ。 そんな事が数分間(?)で頭の中をぐるぐるまわり怖くなり避難の許可も出ず、 それでも逃げる人にけられたりぶつかられたりして泣いていたところ、 「私も1人で来たから大丈夫だよ!」と励ましてくれた女の子がいた。 その子のリュックには、私も普段リュックにつけてる「Ugly Dolls」のマスコットがぶらさがってて、不思議な縁を感じた。 その子のおかげで緊張がやわらいだ。 しばらくして階段の使用許可がおり、階段で降りた。 地上へ出ると人がたくさんいてみんな携帯で連絡をつけようとしていたがつながらない様子だった。 一カ所人が集まっているところがあって私も行ってみたらTVに東京がうつっていて、「空から見た新橋付近!」と言っていたので上を見たらちょうどヘリコプターが飛んでいた。 その時は震度もマグニチュードも震源地もわからなかったが空気の感じがいつもと違い、 ただならぬ事が起きたのは体感としてもう分かっていた。 とりあえず帰りたくて有楽町駅に行ってみたら、封鎖。切符も買えないようになっていた。 駅前に立ちすくんでいたら、おばさん達が話しかけてくれた。 メールも電話も使えないときだったので、誰かと話すと気がまぎれた。 「もうこれは長期戦かも」 twitterで情報を入手して、そう思い、family martへ向かった。 狭い店内は万引きできそうなくらい人でごった返していたが、皆ものを買い占めたりせず、列をつくって並んでお金を払っていた。 私もおにぎりとコーヒーと水を買った。レジの人に「Tポイントカードつけますか?」と聞かれた。 こんなに混んでて緊急事態でも聞くんだなあ、と思った。 列に並んだり、ちゃんとそういう質問をするのはもはや日本人の「クセ」なんだろう。 そう思う一方で、この非常事態でもコンビニを閉めず、仮設レジまで出して対応にあたっている店員さんはすごいと思った。彼らだって安全なところに逃げたいに違いないのに。 私は就職活動をしてるけど、「コンビニの店員だって尊い仕事だ」と思う様になった。 緊急事態でも落ち着いて大量のお客に素早くものを売りつつものを補充する。 それがなかったら有楽町駅前の人はもっと不安になったに違いない。 「儲かるから開けている」そういう穿った見方もできるけど、実際に店を閉めてるところもあるわけだし。 「自分の仕事を緊急時にも全うする事。」のすごさやありがたさ、 「自分の役目を意識している人」のすごさやありがたさを思い知った。 もとは同じ人間なのに、「仕事中」という意識があるだけでこんなに冷静にふるまえるとは。 もし就職活動の結果、望み通りじゃない職についても、自分がどんな社会人かは、職業の種類ではなくこんな時こんな風に出るものなんだと思った。 コンビニから戻り30分ほど立っていると寒さからトイレに行きたくなって、近くのカフェや丸井でトイレを借りようと思ったが閉鎖しててトイレできなかった。 そうしたらおばさんたちがラーメン食べに行こう、と誘ってくれ、あたりの飲食店では唯一開いていた中華に入った。 狭くて古い店内に入るのは怖かったが、ここでも中国人のコックさんが出口のドアがないめちゃ狭いキッチンでがんがん働いてるのを見て「すごい...」としか言い様がなかった。 店は満席だったけど注文して10分立たずおいしいラーメンが出てきた。 店のおばさんが、会計をすましたお客さんに、中国語なまりの日本語で「だいじょうぶでしたか?怖かったですね」と声をかけていた。 私は今後また災害が起きた時はこのラーメンが食べたくなるだろうなぁと思った。
正直、自分がしてて思うのは就職氷河期と自分がもし内定取れるかどうかについては、世間が騒ぐ程相関関係がないのではという事。自分がやりきれるかどうかだと思う。
ただ、ネガティブな情報に振り回されず、集中できるかどうか。できているかは分からないけど、そんな感じがする。 しかし... 世の中の「大企業ばかり志望する学生」を批判する風潮は結構腹が立つ。まず、それを批判しているメディアは大手企業中の大手企業じゃないか。そんな人たちに批判されたくない。 今の若者は、「将来の事を考えて、小学校〜大学はなるべく良い所に入りなさい」と呪文のように言い聞かされて育っている。良い所というのは数えられるくらいの数しかなく、大学で言えば国公立および一部私立である。「有名で偏差値の高いところに入るよう必死に努力するべきだ」これが日本の教育の基本方針。そんなところが大手企業を志望する学生を増やしてる気がする。 その状況を変えるには、いいところは一握りみたいな大学教育を変える必要があるんじゃないか。小さい大学でも特色のある教育をして、「大きければ良し」みたいな風潮を変えた方がいいと思う。 偏差値が高い大学に入らなきゃいい教育が受けられないなんておかしい。しかも私立みたいな学費が高いとこならなおさら。 私は今の就職活動に文句があるわけじゃない。だけど、世の中の若者に対する「上から目線」っぷりにちょっと腹が立っている。
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